まちの紹介

町の特徴
JR総武線の西千葉駅に近接する住宅街で、JR千葉駅も徒歩圏内にある交通の便利なところと言えます。
町内には県立千葉商業高校やクラーク記念国際高校が有り、隣接する地域には国立千葉大学、千葉経済大学、〃付属高校、県立千葉東高校を擁(よう)して、いわゆる文教地区ということが出来ます。
その他、公民館隣には松波公園があり、盆踊りや各種イベントが催されると共に、周辺には千葉縣護国神社や千葉公園もあって、豊かな自然が町民いこいの場となっています。

まちの写真ギャラリー

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町内の諸団体について
町内には町会を中心として次の諸団体があり、町のため、互いに協力し合っています。
社協松波地区部会
第114地区民生委員児童委員協議会
③松波自主防災会
松波商工振興会
松波老人クラブ松寿会
⑥松波子ども会
⑦松波見守り隊
松波お助けマンクラブ

まちの歴史
明治・大正の頃、近隣の登戸(のぶと)などの人たちが、山ばかりだったこの土地を開墾し、畑にしてサツマイモや小麦、野菜を作ったとあります。まだ、ほとんど人の住まない松山だった様です。
そこに昭和10年(1935年)、県立千葉商業高校が寒川から現在の地に越して来て、昭和11年(1936年)9月、千葉町大字登戸(のぶと)・大字千葉の一部から分離して「松波町」が誕生したとあります。「松山つづきの土地で、高低から松の青葉が波の打ち寄せる様に見えるところから」そう名付けられたそうです。
昭和16年(1941年)から兵器産業であった日立航空機の社宅が現在の3・4丁目付近に造成されました。そうして戦争が終わって宅地開発が進み、その後現在の様な住宅の街に変身してきたのです。

東京・中野から千葉まで直通電車が走る様になったのは、昭和10年のことですが、東大第二工学部が設置されると、通学に支障があるとして、昭和17年(1942年)、それまでの稲毛駅と千葉駅の間に西千葉駅が設置されてからその便利さが買われ、戦後になると松波町は東京の通勤圏として急速に住宅地として変貌する様になりました。

それを更に加速させたのが、千葉駅の移転でした。千葉駅は長く現在の東千葉駅の位置にあったのですが、当時、東京方面からの列車が内房・外房線に入ろうとするとスイッチバックして向きを変えなければなりませんでした。そこで昭和38年(1963年)、西に800m動いて蒸気機関車の車庫であった現在地に千葉駅が移され、それにより松波町は千葉駅にぐんと近付くと共に西千葉駅にも接するという地の利を得ました。高校や大学も周辺に次々と建ち、県営体育館(現在の市営体育館)やプール、市立中央図書館などの社会教育施設、さらに千葉公園や護国神社と緑豊かな環境も整い、住宅地としての格を上げてきました。

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